HISTORY

はじまりは2005年

川添ヤギ牧場のはじまりの物語は、2005年にまでさかのぼります。

作曲家でもあった創業者、川添健太郎がドイツ留学中、ヤギのチーズに出会ったことがきっかけでした。厳しいレッスンの中のつかの間の休息。ドイツの仲間たちと囲む食卓の上には、いつも何かしらヤギの料理が並んでいました。

大衆食堂にも、近所にあるスーパーにも、ヤギのミルクやチーズ、肉料理が並びます。一度気がつくと、ドイツでの生活はたくさんのヤギたちに囲まれていました。それくらい、ヤギはドイツの文化になっていたのです。日本にはないヤギ料理の数々。そのバリエーションに健太郎は驚きます。

ただ、このときの驚きが牧場の創設につながるのは、もう少し後の話です。

「ウシ、いらんか?」

高知に戻った健太郎は、音楽ではなく畜産の道に入ります。牛農家を支援する仕事です。日々、動物たちと向き合う畜産の仕事を、健太郎は自分の肌に合っていると確信しました。

「健太郎、ウシ、いらんか?」

次第に、そんな声を牛農家から掛けられるようになります。自分の牛を譲るから、お前も仲間にならないか、と言う提案です。

うれしい反面、健太郎は考えました。専業の牛農家になるためには多くの設備投資が必要だからです。「ゼロからの新規参入は難しい……」そう考えた健太郎の脳裏に浮かんだのが、ドイツで出会った「ヤギ」でした。

「ヤギはウシ科の動物だから、飼い方はだいたい分かる。ペットとして飼いながら、時々ミルクでも飲めたらいいかな」

そう考えた健太郎は2009年、京都からオスとメスのヤギ1組を購入します。自分のカローラを走らせて迎えに行き、帰りは後部座席を倒して積んで帰りました。高知と京都、片道5時間の長距離ドライブ。この時は、まさか自分が日本最大級のヤギ牧場をつくることになるなんて、夢にも思っていなかったそうです。

ジェラートからミルク販売へ

転機は、最初のヤギの子どもたちが、また子どもたちを産んだころに訪れます。牧場のヤギのミルクが、地元のジェラート製造業界製造メーカーとコラボレーション。共同開発したヤギミルクジェラートが誕生します。

何よりもお酒を飲んで、いろんな人たちと話すのが楽しみだった健太郎。高知の名所、ひろめ市場で飲んでいて、会社に代表を紹介されたのがきっかけだったといいます。

手応えを感じた彼はヤギを増やしていくことを決め、牧場のヤギが70頭ほどに増えたころ、地元の乳業メーカーからメーカーに原乳の買取を約束してもらえます。

2017年には、ヤギミルクジェラートが「『にっぽんの宝物』ジャパングランプリ」のスイーツ部門でグランプリを受賞。全国的な注目を集め、次第にヤギ肉の取り扱いも増えていきました。

健太郎は事業で得た収益を、ヤギ飼育の研究へと注ぎ込んで行きました。この頃からでしょうか。「ヤギを日本の文化にしたい」と言うようになっていました。

実は日本の文化だった

ここで少し、ヤギについての話もしておきたいと思います。

実は、ヤギは日本人の生活を支えてきた動物だったんです。

ヤギは、昭和以前の日本にとって貴重なタンパク源でした。1950年代には全国で約70万頭が飼育されていましたが、次第に歩留まりのいいウシに取って代わられ、現在は2万頭ほど。また、このうち半分が沖縄県にいるヤギたちです。

一方、世界に目を向ければ、ヤギ飼育は増加傾向にあります。牛乳アレルギーの原因となる物質「αs1カゼイン」がほとんど含まれていないことや、成分がヒトの母乳に近いなど、健康志向の高まりやペット用の高級食品として注目を集めており、日本でも飼育数は増えているんです。

地域のちから

さて、川添ヤギ牧場のヤギたちは順調に増え、2020年のベビーラッシュで600頭を突破。日本最大級のヤギ牧場となりました。2頭から始まった「四国初」が、日本最大級にまで成長したのです。

これだけ急成長を遂げるのに、地元・高知で、健太郎の熱い思いに共感してくれた人たちの力が欠かせませんでした。たくさんの人たちが飼料生産、加工や販売を請け負ってくれたおかげで、私たちは原乳や肉の品質を高めることに集中することができました。

早くからコラボレーションをしてくれた「ドルチェかがみ」、買取を約束してくれた「ひまわり乳業」。地元の農家さんたちは「飼料生産組合をつくろう」という健太郎の声に、真摯に耳を傾けてくれました。ヤギミルク・肉の魅力に早くから気づいてくれたバイヤーやシェフの方々、ソーセージ加工のプロである「松原ミート」、そして、共に研究を進めてくれた大学の仲間たち……。

誰に聞いても、「健太郎は熱い男だった。いつもヤギの話ばかりしていた」と振り返ります。

ヤギを文化に、その思いを継いで

12年をかけて、ようやく牧場が軌道に乗り始めていた2021年7月、創業者の健太郎はくも膜下出血のために永眠いたしました。

私たち従業員一同は、ご家族との話し合いを経て、健太郎の思いを引き継ぎ、事業を続けていくことにいたしました。

ヤギは、日本の文化としてもう一度根付くことができると確信しています。引き続き、応援、ご支援をいただけるとうれしいです。

川添ヤギ牧場従業員一同